リヨンのパイオニア石田克己氏と対談

リヨンで活躍されている日本人シェフ達の中でパイオニアと呼ばれる石田克己氏。En mets fais ce quil te plait のオーナーシェフであり、5月に開催された盛大なリャリティイベントも企画された。又毎年ドーヴィルで行われる有名なオムニヴォアフェスチバルでも活躍されている。

ここのお店は何年経営されているのですか?

13年です。

フランスへいらしたのはもっと前ですよね

1993年です。初めは3週間程パリにいて、リヨンのアラン・シャペルっていうところで働くはずだったんですが、それが駄目になっちゃって、途方にくれちゃった訳ですよね。ぼっとしても仕方ないから仕事探して、最初に決まったのはクレルモントフェランドって内陸地の方で仕事したんですが。パリでお世話になった人がリヨンで滞在許可書が取れるから行かないかって言われて。最初はちょっと迷ったんですけどね。最初は和食をやんなきゃ駄目だってことで。でもフランスにいられるから良いかって。

日本ですでにフランス料理を勉強されていらした訳ですよね。

料理学校も行きましたけど、自分で学んだ物もいっぱいあったんで。その時まだフランスに来た事が無くって、比較対象する物が本でしかなかったんで。フランスに行きたいって気持ちがどんどん湧いて来た訳ですよね。

その頃すでにこちらに来てフランス料理をやっている方達っていうのはいたんでしょうか?

けっこういましたね。僕が日本でフランス料理やってた頃ってバブルの時だったんで、もうすごかったですね。材料からワインから何から何まで。お客さんもお金持ってたし、良い食材も使っていたし。あれから90年以降落ち込んだので。丁度良い時に僕は日本にいたので。それからフランスに来ました。フランスは少しずつ下降線を辿っている状態だったので。

フランス語では苦労されましたか?

もちろん大変ですよ。日本でやっていた事が全然通じないし。リヨンってけっこう俗語が多くて、その俗語について行けなくて。最初の頃はフランス人の友達も少なくて。学校も3週間しか通っていないんで、今でもしっちゃかめっちゃかで。僕は人に通じれば良いと思ってますから。通じなかったら「ごめんなさい」って。(笑)

そうすると、ここのお店はいらしてから5、6年目に開かれたんですよね。

1999年の一月ですね。最初はフランス人の共同経営者がいて、2001年に出て行ったんですけれど。僕が料理をやって彼がサービスをやってた感じです。

何席あるんですか?

20席位です。最初は30人とか40人とか入れてたんですけど。間に合わないし、体も付いていかないんで。で、半分にして料理の質を上げた様な感じです。

オムニヴォアフェスチバルにも参加されているって聞きました。

毎年参加しています。

楽しいですか?

色んな人に会えるんで。自分は日本人なので、そういう事をやっているフランス人とコミュニケーションを取るのも必要だし。僕は自由に動きたいので、不定期に休んじゃうっていうのもあるんですよね。普通は休みも少ないんですが、こういう事があるとすぐに出て行ける様な感じで。

旅行はお好きな方ですか?

ええ。スペインも好きだし、イタリアも好きだし、そういうところで食材見つけると嬉しいし。そういう意味で日本と違いますよね。対陸続きなんで。フランス料理だけが全てじゃ無いって思っているし、良い食材が色んなところにあって、その場所に行かないと分からないっていうのがあって。

何故フランス料理を選ばれたんですか?

最初の影響はヨーロッパの料理にすごく憧れてたんですね。今まで自分が食べてる物と全然違うし、きらびやかに見えた訳ですよ。一つに「天皇の料理番」っていうテレビ番組があって、秋山篤蔵っていう人が天皇の主厨長になった訳ですよ。その物語をずっと見ていて、若い時に「フランス料理ってすごい、こういうところでも出てくるんだ」って。最初は簡単な思いだったんですよ。高校入った時位です。そのころ本屋へ行ったらやたら多かったですね。丁度辻静雄さんの本もいっぱい出始めた時で、朝日新聞からも掲載されていましたし、興味半分見たり買ったりしていました。

辻さんの影響というのはやはり大きかったですか。

日本で紹介する部分では大きいと思います。ボキューズもそうなんですけど。高校の時からずっと料理をしたいって思ってましたね。

ご家族にお料理関係の方はいらっしゃいましたか?

食べるのは好きですが、料理人はいなかったですね。普通の会社員ですよ。でも、うちは母親が早く亡くなったもんですから、父親が料理を作ってたっていうのもあって、僕も小さい時から料理番組とか見ていて。今みたいに色んなものがあって、その中から何かを選ぶって事ではなかったですけどね。

日本ではフランス料理店で働かれていた訳ですよね。何年位ですか?

10年です。

長いですね。

その前に本当はこちらへ来たかったですけど、時間もお金も無かったですし、来る切っ掛けっていうのは無かったし。来ようと思うとやはり最初の一歩っていうのが。なかなか来れなくて。旅行するにもお金がなかったし、食べ歩きするお金もなかったし。

いらした時の「つて」というのは、どういった切っ掛けで見つけられたのですか?

知り合いを通して拙いフランス語で書いて。今思うと「何書いていたんだろう」と思います。恥ずかしいですよ。(笑)今はもうそのレストランとは家族ぐるみで付き合ってもらっていますけど。

日本へは良く帰国されますか?

いいえ、最初は来てから10年後ですよ。

ご家族の方は心配されていませんか?

親父も妹の近くにいますし、僕はもうほったらかしで。料理人は時間が長いじゃないですか。僕なんか、あっち行ったりこっち行ったりしてるんで。それで家にいる時間なんか殆どなかったですから。

日本が恋しくなったりしませんか?

フランスって時間の流れが速いんですよね。日本だったら家とレストランの行き来だけで、料理を作って家に帰ってって。また地下だったんで尚かつ日を見ることも無くて、季節感を感じる事も無くって。レストラン以外で季節を感じるってことは全くなかったですよ。こっちは5月になったらポン(連休)があったり、ポンが終わった時に今度はバカンスだ、次秋になったら何って、周りがどんどん変わってくるじゃないですか。そうすると自分もそれに合わせて行かなければならないから、そうすると時間がどんどん速くなっていくんですよね。「ああ、もう1年経ったのか」っていう感じ。日本から比べると休みが多いですからね。働く時間も長いですけど。

お料理の方ですが、日本の素材は?

まったく使わないです。言っちゃ悪いけど、明君(L’ourson qui boitのオーナーシェフ西垣明氏)なんかは柚子だとか使いますけど、そういう物を使ったら、、、だから僕の上の人達がそういう事は全くやらなかった人なんで、それを引き続いている様な感じですね。好い物が周りにあるのに、わざわざ日本人らしさを出さなくっても、、、今は日本人っていう確立したものがあるんで、良いんですけど。他の三ツ星の人達が日本の食材を使ったりしているので。僕が来た時はそんな物を使ったら卑怯だなって思ったから全く使わなかったですよ。

卑怯っていうのは?

だって美味しさを知っているじゃないですか。こうやったら美味しくなるっていうのは分かるし、柚子とか抹茶とか使う事はできましたけど、そういうのは卑怯だなって。

今は?

今も使ってないです。

徹底してますね、それは。鷹野さん (Takao Takanoのオーナーシェフ )も出汁を使うのはナチュラルだからっておっしゃていました。

否定している訳ではないですよ。醤油使ったりするのは良いんですよ。今はもうポピュラーになっているし。でもあの同時、こういう人達が出てくるまでは、僕一人だったんですよ、日本人でフランス料理店をやって。その時に比べれば今はやり易いですよ。僕は今でもやらないです。こんな「おやじ」がいてもいいかな、みたいな。フランス料理アホなんで、それは混ぜたく無いなって。

石田さんはパイオニアって呼ばれていますが、やはりパイオニアにはパイオニアの苦労が、、、

いや、そんなの無いですよ。ただ自分で好きな物をやっているだけで。ただ他と違うのは、特殊って言われてもかまわないから、普通にリヨンにあるレストランとは違うものを提供している。客に合わせるんじゃなくて自分に合わせてほしいなっていうのがあるんです。僕は色んなレストランで思ったんですけど、自分のポリシーがないと、崩れていってしまう。客に合わせてしまうと自分の形が無くなっていっちゃうんで。ワインにしてもそうだし、自分の好きな物、自分の求めている物に合わせてほしい。僕は自分で探した野菜なり、鳥なり、肉なり、使ってるので。

後は生産者との繋がりみたいなのが、僕は顔が出てくるワインを作る人がすごく好きなんで。これは絶対自身を持って出せるよっていう。リヨン人ってまだまだ、自然派のワインって分からないんですよ。

自然派っていうのは、ビオ( 有機栽培)のことですか?

ビオではないです。自然派っていうのは色んなカテゴリーがあるんですけど。「ヴァンナチュール」って言うんですけど、一つはビオロジックでもあり、ビオディナミであり、なるだけ、より自然に近い製法で作る。ほっとく訳ではないんですけど、そのためには色々仕事をしていかなければならない訳ですよ。その中で出来上がったワインっていうのは、やはり素晴らしいワインっていう。すごく波もあるんですけど。

ワインにご興味があるんですね。

すごいあるんですよ。フランスに来て僕はすごく二つの液っていうのに固執したんですよ。一つはオリーブオイル、そしてワイン。この二つの液体は考え方が似てるんですよ。生産から瓶詰めまで一環してやるのが、この二つなんです。ワインもオリーブオイルも栽培から選定して、絞って、ジュースを作ってオリーブオイルにする。これはすごく引かれましたね。地方に寄って味が全然違うし。品種によっても味が違うし。ワインもそうじゃないですか、イタリアのワインも違うし。でも全てが同じかって言ったらそうじゃないんです。作る人に寄って全く変わってくるし。一定ではないんですよね。その年にその人の考え方で、こうしたらこうなるだろうっていうのが頭の中で計算されているから、後は自然との戦いですよ。普通の産業で作られたワインっていうのは一定なんですよ。

では、もう色々なところを廻られて、

ええ。好きなので、飲む方はそんなに強くはないんですが。彼らのフィロソフィーが好きですね。そのフィロソフィーに影響されている部分もいっぱいありますし、助けられている部分もいっぱいあります。一番助けられたのはマルセルラッピエーだったんです。うちの娘のゴッドファーザーで、もう亡くなっちゃったんですが、去年の10月に。一番お世話になった人です。あそこから僕は始まった様なものなんで。

そのフィロソフィーを簡単に説明して頂けますか?

フランスのカルチャーっていうか。まずワインって、最初に飲んでしか分かんないじゃないですか。まず飲んでおまえ、考えろって事を、口では言わないですが、教えてくれたんですよ。フランス料理っていうのは大きな物ですよね。全てが考える事なんだよっていう。フランスの大地があって、地方によっての食物があり、ワインがあり、チーズがあり、人との繋がりがあり、そういうのが大事だよっていうのを、そういう人達から教わりました。「ただお前が来て簡単に分かる事じゃないよ」っていうのも教わりました。だけど僕は引っ付いて行った訳ですよ。それで皆が可愛がってくれたのは確かです。じゃないと今の僕は無いと思います。

他の日本人の人達と違うのは、僕は自分の力だけでは何も出来なかったと思うんですよ。まわりがこう煽ってくれたんで、それが今自分の力になっていると思う。自分の料理だけではここまでならなかった、それはすごい感じます。荒井君 (Au 14 fevrier) とか鷹野君とか西垣君とか、彼らは自分のテリトリーのなかで料理をして色んな物を作り上げてきたと思うんです。けど僕の場合は周りから助けて頂いたので。それは嬉しかったです。一員の料理人として扱ってくれたし。最初の頃は「何言っているんだ、この日本人は」みたいな。それが段々変わって来て、プレスにも載る様になり、本にも載る様になり、自分でも本だの何だの書いたりして。少しずつ皆が分かって来て、ようやく今の僕があるんですよ。だから最初にチャンスを与えてくれた物には、すごい感謝ですよね。

ただ日本ではこういう事は難しいかなって思いますね。お金があってやった訳ではないので。最初の頃はフランスの経済の仕組みっていうのも何一つ分かっていなかったので。レストランを経営する難しさっていうのはすごい分かりましたね。それも一つの社会勉強だと思っているし。ただ料理やってるだけじゃ駄目なんで。経営って事と、後生活して行かなきゃ行けないってことと。って言う事はやっぱりコミュニケーションは必要なんで。

でも人に助けてもらう事の出来るっていうのも一つの才能じゃないですか。

まあ、才能なのか分かんないですけど。でもそれは嬉しい限りです。

では今も周りに沢山のフランス人の方々が付いていらっしゃって。

そうです。そうでなきゃ僕はやって行けないと思います。お金があって始めたレストランじゃないんで。今僕が一番思っているのはワインを買って良い材料を買って、それを提供するのが一番のあれなので。だからどうしても他のハード的な物にはお金が回って行かないんですよね。もうちょと変えたらって言われてるんですけど、なかなか。収入とのバランスがうまくいかないんですよ。

でも周りにそうやってサポートしてもらえるっていうのは嬉しいですよね。

本当に嬉しいですよ。だからワイン作る人達は殆ど皆、克己って言えば知っています。そこまでやっとなったんで。

でもそれはリヨンで良かったですよね。

そう思いますよ。マルセルのところにいたから、マルセルの助けられて、色んな人に話して貰ったっていうのもありますし。僕は「マルセルのためだったら」って言うのがあったんで。マルセルの古兵みたいなもんですよ。

パリだったら違っていましたよね。

パリはリズムが違いますよ。お金儲けするんだったらパリは良いと思います。でも時間のずれがありますよね。でもパリでも、うまくいっている店とそうで無い店とありますよ。リヨンも同じですよ。僕も最初からうまくいっていた訳ではないし。リヨンってすごく波があるんですよね。特に人の出入りがあって。パリみたいに中心になって物事が動いているところでないんで。転勤とかなっちゃうと、人が動くじゃないですか。そうなると、うちもけっこう、がたがたになった事がありますよ。それに小さなレストランなんで、ぎりぎりの線でやってました。

お料理と旅行以外は何かされますか?

音楽を聴くのも好きですし、最近あまり時間がないのでスポーツができないんで。小さい頃はロック少年だったんで。それから、うちのかみさんがクラシックをやっているのでクラシックも好きです。今は娘に託しています。まあ、「料理ばか」になったらもっと大変じゃないですか。自分の生活があって、アルファプラスにレストランがあれば良いかなって。

星取った人間達っていうのは、やはり大変ですよ。今回パッサージ53の佐藤君が日本人で始めて二つ星取りましたけど、パトロンがデノワイユっていうお肉屋さんであり、色々政治がありっていうのも。普通だったら日本人にはやっぱり二つ星っていうのは取れないですよね。一つ星止まりで、一つ星を維持するのが大変だと思う。今度落ちたら落ちたでまた大変になるし。僕みたいにフアフアしていた方が良いのかもしれないですね、逆に。

星が欲しいって思われた事は?

星って言うよりも、最初オープンしてすぐミシェランに載ったんで、僕はこれで良いかなって。ミシェランのディレクターが変わる前に僕は誉めてもらったんで、コメントを書く様になったのは僕の年からなんですよ。あれはすごく嬉しかったですよ。今はミシェランの基準が変わっちゃったし、どうでも良いやって思いますけどね。ディレクターが変わってリヨン出身の人に変わったんですよ。その時消されるなって思ったんですが、案の定消されましたけど。(笑)僕はあんまり好きじゃないんで、向こうも僕をあんまり好きでないんで。まあしょうがないなって。でも一年に一回はどっかに載ってますんで。

星を取ると何が大変かっていうと、設備とか、後は外装だ何だってお金が掛かりますからね。それを常に維持して行かなければならない。大変ですよ。其処までして自分の人生嬉しいかなって思うですよね。それは又別の話で。

では、人生で一番楽しい時って?

家族で旅行したりって、一番。だから美味しい物を食べたり新しい物を発見したりっていうのも楽しいですし。家族でいるのも楽しいですし。それでワイン飲んでワインを作る人達と話すのも楽しい。だから生活の一環としてフランスのワインを作る人達により接していたいなっていうのはありますよ。楽しいですからね。一つの飲み物ですけど、その中にストーリーがあるんで、そのストーリーが楽しいです。だから自分もそのストーリーに負けない位に何かが出来たらなって思ってます。

だから星取るのも一つのストーリーですし、この人達を無視して僕は絶対ありえないんで。だからちょっとこの人達とは僕は特殊ですよ。パイオニアっていわれるのも、僕は一人でやってたっていうのはあれなんですけど。

そういう面で石田さんはフランス的ですよね。

日本人って仕事ばっかりで遊びが無いんですよね。F1レーサーと同じで常にレースをしているんですよ。遊びが全然ないんですよ。だから僕は自家用席でいいんです。F1は好きですけど。(笑)F1は好きなんですけど。ただ遊びが無いとやっぱり駄目かなっていう。そうじゃないと疲れるじゃないですか。

ではお料理も遊びが加わっていますか?

アヴァンギャルドな料理が多いと思いますよ、けっこう。自分が腐らないために週末はデギュスタシオン(テイスティングメニュー: 金、土、夜、コースで48ユーロ)のメニューをやっているんですね。其処で発想して面白いなと思った物を出しているんです。季節の物で変えて行くのは楽しいので。だから、フランス人の作る中ではよりフランス的じゃないかなって思っているんですけれど。

今年のオムニヴォアでは何を作られたのですか?

鰻(アンギー)とタコ(プルポ)です。皆生きている鰻を下ろすところを見た事が無いと思ったので、これは絶対やってやろうって。案の定無くて、楽しかったです。やってる方も楽しかったです。歓声が上がりました。動いているし、目を刺した時に皆「わー」って言って。

だからヨーロッパの物だったらこだわり無く使いますね。

フランスはお気に入りですね。

土地は好きですけど、人はけっこう嫌いな人間いっぱいいます。より動物的って言うんですかね、あまり裏表が無いんで。日本みたいに心に溜まった事を口に吐き出さない人間ではないんで。喧嘩しなきゃいけないし。

すぐに言いますよね。

まあ、言わないと分からないだろうって、確かにそう思いますけど。

そうすると、これからずっとフランスに滞在されるおつもりで。

そうですね。フランスにいて何か一つしたいですね。だからここだけでなくて、他の事を日本でオーガナイズするとか。ただ料理だけの片輪になりたく無いんで。例えば写真家だとか、画家だとか。フランスっていうのは日本よりも芸術家の人達とより接触できるので、すごく楽しいなって。日本って枠の中で皆生活してるじゃないですか。お前は芸術家じゃないから仕切りが高いんだよ、みたいな。こっちは仕切りってあんまりないし、「僕は知らないから教えて」って言ったら素直に教えてくれるし。

さっきワイン一つ一つにストーリーがあるとおっしゃっていましたが、例で言うと、どういったものですか?

ストーリーっていうのは山ほどあると思うんで、それを一言で言えっていうのも何なんですけど。一人一人美味しいワインを作ろうとしてるのは確かですよね。その土地に合った作り方もあるし、そこで頑張っている時って他の人と違うじゃないですか。例えば機械でブドウを積んで、良い物も悪い物も全てタンクの中に入れてしまうのか、選定してつぶつぶを分けていくか。それだけでワインって歴然と差があるんですよ。ボトルに入っちゃうと解らないじゃないですか。裏で人が仕事している事っていうのは全く見えない訳ですよね。飲んでも解んない人はいっぱいいるわけです。でも僕らは慣れているんで、「わっ、こうしてるんだな」って歴然と出てくるのはナチュラルワインなんです。料理も味わっていると、そういうのすぐ解りますね。料理との接点がいっぱいあるんですよね。料理も物を作り上げる訳じゃないですか。僕の周りには物を作り上げる人がいっぱいいる訳です。パン屋さんにしても、ここの前のパン屋さん、すごい人なんですよ。彼にも僕良く可愛がってもらったんですけど。パンってフランスの文化じゃないですか。日本には解り辛い部分ですよ。日本って食パンしかないし。そのセリアル(穀物)が違う部分とかって。コンプレ(全麦)のパンっていうのも全く解らないし。パンの美味さがどこにあるのかっていうのも解んなかったし。彼に色々教わりましたね。

せっかくこれだけのワインがあるのに、ここではバーはされないんですか?

出来ないんです。リセンス(免許)4はフランス人でなければ持てないんです。だからバーはやっていないんです。だから普通の営業以外にアルコールを提供してはいけないんです。リセンス3っていうのは食事の時間内だったら何を売っても良い訳です。

MOF (Meilleur ouvrier de France)っていうのもフランス人だけなんですか?

フランスの国籍をもっていなければだめです。

フランスは変わっていますね。日本も特殊だけれど、、、

一緒ですよ。

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